Kiichiro Yanagitani 写真家&編集者 柳谷杞一郎 紀一郎

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カメラマンとして独立20年目

エスクァイア日本版の編集者を辞し、カメラマンとして仕事を始め、今年で20年になる。

編集者に著作権はない。カメラマンには著作権がある。転職の理由はこの1点である。

なんとでもなるさ、と思ってスタートしたが、世の中そんなに甘くない。

最初の1年、仕事をくれた人の数は10指に足らなかった。

考えてみれば、写真を発注する側には10年以上いたことになるが、

仕事として写真を撮ったという実績は皆無に等しい。

そんな男に仕事をくれるほどマスコミ業界は楽な場所ではなかったのだ。

なにしろ実績はおろか、作品と呼べるようなものさえ、わずかしかないという状況だった。

自分だって編集者だったのだから、実績、作品のないカメラマンに仕事が来ないってことぐらい、想像がつきそうなものなのに。

人は自分に甘い。なんの根拠もないのに、なんとかなるなんて思ってしまうのである。でも、なんとかなったりはしない。

仕事を発注する人がこの人の仕事になら「お金をだしてもいい」と思ってくれるような実績、作品を残していくしかないのだ。

だから、独立してからの3年間は必死だった。編集者としての実績は10数年に及ぶというのに、カメラマンとしての実績はほぼゼロだったのだから、作品をつくっていくしかなかった。

編集者時代の収入をこえるのに3年余がかかった。で、あとは突っ走り続けて20年、あっという間に50歳を越えてしまった。

この20年間、やろうやろうと思ってやらなかった多くのことのひとつが自分のホームページの作成だ。10数年前、富士通のつくってくれた柳谷杞一郎3Dフォトミュージアムというものができていたので、それでいいだろうと考えていたのだ。

今では3Dなんて珍しくもなんともない。柳谷杞一郎3Dフォトミュージアムはいつのまにか閉鎖されてしまっていた。それから、何年経っただろうか。柳谷杞一郎のホームページは何年にもわたって存在してこなかった。仕事先の人から「柳谷さんのホームページ、探しても見つからないんですが、どうなっているんですか?」と何度言われたことか。

探しても見つからない、のは当然だ。存在していないのだから。

生来の不精に加えて、これ以上忙しくならなくてもいいという思いがどうしてもホームページづくりにストップをかけてきたのだ。

19年目、やっと思い腰をあげてホームページの作成を開始した。つくりはじめてから完成まで1年以上かかってしまった。

本当はたくさん撮影しているタレントさんや俳優さん、ミュージシャンのみなさんの写真をもっと掲載しようと考えていたのだけれど、掲載許可をいちいち取るのが面倒になり、ほとんど割愛してしまった。でも、まあ、柳谷杞一郎はこんな仕事をしてるんだな、ということは伝わるのではないかと思う。

20年目の柳谷、これからもよろしく。

最後に今後の活動で、決定しているものをいくつか紹介しておきます。

8月29日11時から、渋谷駅前写真の学校(03・3400・4747)で「カメラマンになるためのOneDayセミナー」という内容で90分ほどお話します。

同じイベントは同じ会場で9月9日19時、9月26日11時、10月3日11時にも開催されます。興味のある方はどうぞ。参加無料です。

また、9月にはひさびさに書き下ろした脚本でCDドラマをひとつ制作します。タイトルは「坂本龍馬暗殺、最後の夜」。まだ、発表できませんが、人気声優さんそろい踏みで、収録をする予定。10月下旬発売予定です。

一昨日、半月におよぶメキシコ(マヤ・アステカの遺跡)撮影から帰ってきて、まだ時差の抜けないフラフラ頭の状態で、20年目にして初めて出来た自身のホームページに初の書き込みでした。

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柳谷杞一郎 写真

柳谷杞一郎

Kiichiro Yanagitani

1957年広島生まれ。写真家&編集者。続きを読む...

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